「土塊と魔王の問答」
「何故、貴方はそんなにも執拗なまでに私達を責め苛むのですか。
それほどまでに、私達が憎いのですか」
「お前達が憎いのではない。
お前を妬み、憎んでいるのだよ」
「何故貴方が私を妬むのですか?
貴方は美しさも、力も、知恵も全てにおいて私に勝っているのに、
何を妬む必要がありましょうか」
「それはお前が、かつて彼女の夫と定められていたからだ。
私が生まれて初めて狂おしい迄に欲した存在は私の触れられる場所になく、お前の手の内にあった。
私が彼女を求める事は許されていないのに、お前には許されていた。
妬まずにいられるだろうか?」
「何故?彼女はもはや私の妻ではなく、貴方の妻です。
貴方が触れたいと願えば触れられるでしょう。
それなのに何故まだ私を妬むのです?」
「只の一時でもお前は彼女の夫として、日々の生活を共にしていた。
お前さえいなければ私しか知り得なかったことさえも、お前だけは知っている。
それを知るお前が私は酷く妬ましいのだ。
出来ることならお前の記憶から全てを奪い取ってやりたい程にな」
「…彼女は私の事を愛していませんでした。
ゆえに私が知らない彼女を、貴方は沢山知っていると思います。
それに私には、新しい家族がいるのです」
「そう、それこそが私がお前を憎む方の理由だ。
お前は彼女を踏みにじり、苦しめた癖に何の罰も受けず、
自分は新たな妻を与えられて何食わぬ顔をしている。
愛する者を傷つけた存在を許せるほど私は寛容ではないよ。
だからお前に恨みを置くのだ。
彼女に与えた苦痛を、私に与えた屈辱を、少しでもお前に教える為に」
「…例えそれが私の罪だったとしたも、エヴァや子供達には関係ありません。
なのに貴方はエヴァを利用してまで、私を罰してしまった」
「そうすればお前はあの小娘を責めるだろうと思ったからだ。
お前が創造者から教えられた通り、如何に女と言う存在を支配しているつもりでいるか、
そしてそれ故に破滅する所を見たかった。実に滑稽だったよ。
偶然に男として作られ、偶然に創造者が男を上に置いただけなのに、
まるでそれがお前自身の価値かの様に振る舞う姿は。
ミカエルさえも呆れさせるお前の盲目さ、思わず哀れみたくなるほどだ」
「…貴方は貴方の復讐の為に、私のみならず、
エヴァさえも巻き込んだと言う事ですか。そして、カインも」
「勘違いしないでくれ。確かに小娘に関しては利用させて貰ったが、カインは違う。
奴は直情的だが賢い。お前やその後妻、愚かな下の子供達とは違い、
自分で考える頭を持っていた。だから真理を教えてやっただけさ」
「そのせいでカインはアベルを殺してしまいました…貴方が、唆したから…!」
「さて、それはどうだろうか?
元々創造者が息子達を平等に愛していれば、
私が何を言おうとも耳を貸す事も無かったかもしれないぞ。
いや、例え創造者が贔屓をしたとしても、
お前達が変わらぬ愛情を注いでさえいれば、カインは立ち止まれたのではないか?
おそらくお前達も弟の方を贔屓していたのだろう。
だからカインは己の居場所を無くし、凶行に走った。
可哀想に。天使でも人間でも、親の期待に添えない子供は見捨てられると言う訳か」
「違う…私達は二人を平等に愛していました…そんな事は…」
「例えお前達がそのつもりでも、カインの目にはそう映った。
苦しむ子供の心に気付いてやれなかったのは親であるお前達の過ちだ。
お前は相変わらず、見たいものしか見ていない」
「わ、私は…」
「そうだ、もっと苦しめ、アダム。そして思考しろ。
苦しみは生の内に生ずるもの。苦しむのはお前に知恵があるからだ。
お前はその苦しみを抱えて、それでも尚生きていかねばならない。
そして私はお前と、お前の子孫に永遠に苦しみを与えるだろう。
お前達に自らの頭で考えさせる為に、私の愛しい妻を傷付けた者への復讐の為に。
それにどう対処するかは、お前達の自由だけれどね」